「静寂の叫び」

ジェフリー・ディーヴァーの「静寂の叫び」:かっこいい邦題です。この本は1997年に日本で発売されました。リンカーン・ライムシリーズより前で、それまであまり注目されていなかったディーヴァーの出世作となったそうで、1998年のこのミスで5位に選ばれました。私はリンカーン・ライムシリーズの大ファンでこのシリーズはほぼ読んでいます。でもノンシリーズはあまり読んでいなかったので、ぜひ読みたいと常々思っていました。
では、あらすじに。脱獄犯3人が聾学校の先生と生徒が乗っているバスを乗っ取り廃工場に立てこもります。人質はすべて女性で一人を除いてみんな耳が聞こえません。教師が二人、その中の若い女性、メラニーがヒロインです。彼女は中途聴覚障害者で、音楽を愛する少女だったのに音楽を楽しむことが出来なくなりました。
聴覚障害者の世界では、生まれながらの聴覚障害者が頂点に立っているそうで、手話ではなく読唇術口話を学ぼうとすることを良しとしない風潮があるようです。多分メラニーは話そうと思えば話せるのでしょうが、話しません。この辺は掘り下げれば「『静寂の叫び』における聴覚障害者の世界観」みたいな論文が書けそうで興味深いところです。
この籠城事件の指揮を執るのはFBI危機管理チーム交渉担当者のアーサー・ポター。必ずしも一枚板とは言えない捜査陣を従えながらも犯人ハンディとの交渉を始めます。早く人質を救出したい地元警察との軋轢のなか、ポターは交渉を続けます。ポターは相手がどう反応するか予想しながら交渉するのですが、ポターの予想は当たったり外れたりで、彼はこの犯人が既存の立てこもり犯とは異なると感じます。何かおかしい。
一方人質の方では・・・メラニーは主犯のハンディの唇の動きを正確に読みます。普段人の唇の動きを常にきちんと読めるわけではないのにハンディの言葉はわかる。どうしてだろうと訝しく思いながらも彼女はハンディの思考回路を把握してゆく。そして隙を見ては逃がせる子を逃がす。ここであれ?と思うのは、犯人グループは人質たちを一つの部屋に集めておいているけれども、拘束していないんですね。縛ったり、どこかに繋いだりはしていない。冒頭で感じたことを思い出します。実は違和感があるんです。バスだけ奪って逃げた方が良くないか?彼女たちは口が利けない(本当は一人だけ健常者がいますが)。この時代にスマホはないでしょうから通報には時間がかかるはず。逃げ切れる可能性は高かったのでは?なぜわざわざ人質を連れて立てこもったのか?そうこの事件の本質は人質籠城事件ではなかった。そう見せることが必要だった。
読みどころはメラニーの内面描写でしょうか。彼女が心の中で紡いでいる世界が繰り返し語られます。そしてそれはラストで見せる彼女の予想外の行動につながっていく。人間の複雑さを、簡単には善悪でくくることができない世界を読者に見せつけてこの物語は終わります。
お休みなさい。2023.12.28