「ポアロ登場」

こんばんは!
アガサ・クリスティの「ポアロ登場」:これは全てポアロが主人公の短編集です。風采が上がらないくせにお洒落で自分の灰色の脳細胞の優秀さにご満悦の感じの悪い小男、あはは、よくこんな人を主人公にして書き続けたなあ。クリスティに脱帽です。まあ、クリスティもポアロを好きでなかったという話を読んだことがありますが。本作は全部で14編。その中から二つ紹介したいと思います。
一つ目は「謎の遺言書」です。孤児となったヒロインが育ててくれた裕福な伯父に挑戦する話です。ミス・ヴァイオレット・マーシュは女性でも教育を受けて自立したいと思うのですが、伯父は女の子は家事を学ぶべきで本からの勉強はなるべくしない方がいい、という考えの持ち主です。彼女に愛情を注いでくれた伯父ですが、ここは譲れないらしい。しかしミス・ヴァイオレット・マーシュはカレッジに行って学問を修めることにします。最終的な議論の末に伯父の出した結論は、学問を選ぶなら自分の全財産はお前には渡さない。「私には本の知識はないが、いつだっておまえの学問に対抗してみせるぞ」。無学だけど賢く、一代で財を築いた伯父には学問がそこまで価値あるものとは思えなかったのでしょうか。でも学問問題で決裂してはいても二人の仲の良さは変わりませんでした。その後伯父が亡くなり、遺言書には死後一年間はミス・ヴァイオレット・マーシュが好きに財産を使ってよいが、その後は全財産を慈善団体に寄付する、と書かれていました。この一年という期限の意味に気が付いた彼女は、多分遺言書はもう一通ある、これは伯父の私への挑戦なのだ、と思い至ります。それなら自分で知恵を絞って探すのかと思いきや、彼女は自分よりさらに頭がよいポアロに依頼して探してもらうことにします。ちゃっかりしていますね。でも私は彼女のそういうところが気に入りました。餅は餅屋、合理的な考えです。ポアロの相棒ヘイスティングスはフェアじゃないと思っているようでしたが。
二つ目は「チョコレートの箱」:ヘイスティングスポアロに質問します。「自分のミスで完敗を喫したことがあるか」。ポアロは一度あるよ、と答えて話し始めました。犯人が誰かすっかり読み違えてしまったという思い出を語ります。実は私が気に入っているのはポアロの話そのものではなくて、その話が終わった後のヘイスティングスの反応なので、ここは端折りたいと思います。気になる方はぜひ本書をお読みください。話し終えたポアロは、もしぼくが自惚れだしたら〝チョコレートの箱〟と言ってくれ、と言います。そしてその舌の根も乾かぬうちにさっそく自慢しだす。ヘイスティングスはこっそりつぶやきます「チョコレートの箱」。聞こえなかったポアロが聞き返すとヘイスティングスは「別になんでもないよ」と答えます。そして思うのです。「彼のせいで何度となく嫌な思いをさせられてきたが、ヨーロッパ随一の頭脳を持ち合わせていない私でも、大目に見ることはできるのだ!」自信家のお友達に辟易したらこっそりつぶやきましょう「チョコレートの箱」と。
お休みなさい。2024.2,7