「おかけになった犯行は」

エレイン・ヴィエッツの「おかけになった犯行は」(中村有希訳、2008/12、創元推理文庫):コージー・ミステリー、デッド・エンド・ジョブ・シリーズの3作目です。バリバリのキャリア・ウーマンで高給取りだったヘレンですが、ひも亭主の浮気現場に遭遇して離婚しました。でもひも亭主恐るべし。自分の内助の功のおかげでヘレンが仕事で成功したのだから、彼女の給料の一部を受け取る権利があると主張したのです。で、ヘレンはどうしたか?彼女はキャリアを捨てて逃亡者になりました。銀行口座もクレジット・カードも持つわけにいかず、素性を隠して働ける職場を転々とすることになる。ブティックの店員、書店の店員を経て、今回彼女が就いた仕事は電話セールス。売っているのは怪しい洗剤。怒り狂った電話相手に罵られることも日常茶飯事の精神的にきつい仕事です。しかも、ヘレンは電話先で女性が殺される断末魔の声を聞いてしまう。警察に通報したけれど、犯人側はものの見事に殺人事件を隠蔽してしまう。警察が駆けつけてはくれたけれども殺人事件の痕跡はない。すっかり狼少年のようになってしまったヘレンですが、彼女は殺された女性の声が忘れられない。絶対に真相を突き止めてやると思うのです。
事件解決のためにヘレンは危ない橋も渡ります。怪しい乱交パーティーでトップレスのバーテンダーを勤めたり。
さて、このシリーズの魅力はシスター・フッドの物語であることが大きいかと思います。ヘレンを助けてくれる男性も活躍しますが、彼女の下宿先の大家、マージョリーがすてきなんですね。70過ぎのおばあさんだけど、今なお脚線美を誇る彼女はショートパンツをはきこなすイケてるおばあさん、ヘレンの捜査(?)にも協力してくれる頼れるバディでもあります。
シスター・フオは今結構きてるテーマです。最近の作品で印象的だったのは王谷晶著の「ババヤガの夜」、英国ダガー賞を受賞しています。
シスターフッドの物語が男の人のバディ物と一線を画すのは、シスター・フッドの物語がジェンダーの問題を内包していることにあると思います。多くのシスター・フッドの物語では、女性の登場人物が男性的な脅威と戦わざる負えない状況を抱えていることが多い。そういう意味ではコージー嫌いの男性、結構いますけど、コージーなんて、と言わずに読んでくれたら嬉しいシリーズかと思います。

2026/6/30
 
追記:私の個人的な目標について。
一つ目:年間100冊読むぞチャレンジは、現在52冊読了
二つ目:積読本減らすぞチャレンジは、先月103冊から今月97冊に減りました。読まない本を積むのはなんとなく心苦しい。本は読まれるためにある。
お休みなさい。

「はくしむるち」書評講座

豊永浩平の「はくしむるち」(2026/1、講談社)書評講座:沖縄出身の若干23歳の作家による、沖縄の戦中戦後から現在に至る物語です。現在編は、行生(ゆきお)ことユッキーとその同級生たちの物語、過去編はユッキーの大伯父修仁(しゅうじ)の物語。
オタク少年のユッキーはウルトラマンシリーズを始めとするヒーロー物に夢中、その他にも漫画や映画、音楽のサブカルチャーがふんだんに登場します。このサブカルチャーの洪水が読みにくいという感想もありましたが、「死んでいった者たちの、永遠の沈黙の反動としての饒舌」だと捉えた方の意見が印象的でした。また、現在編には、若者たちを苦しめる暴力の数々が描写され、過去編の戦争や米軍基地がもたらした暴力と同様に「弱いものを贄にして全体を守るという暴力の構造」を持つという指摘も素晴らしいと思いました。
この小説は、色々な要素を詰め込み過ぎだという意見もありました。沖縄の約80年の歴史を扱っている上に、沖縄の古典舞踊からサブカルチャーに至る多様な文化も包含している。沖縄語(うちなーぐち)も多用され、重いエピソードがいくつもいくつも語られる。この過剰さについて「統一的な語りを拒む」「断片的な文体によって、沖縄の歴史と現在はひとつの言語空間としてたちあがる」と書いた方にはもう脱帽しました。
さて、私は何を書いたか。作者のでビュー作「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」と本作、沖縄の戦後史をテーマに描かれた真藤順丈の「宝島」を一気に読んだら沖縄戦への怒りが抑えられず、主に沖縄戦について書きました。拙文で恐縮ですが、読んでいたけたら嬉しいです。
 
「友軍」 豊永浩平著「はくしむちる」(2026年1月、講談社) 
 私は東京出身ですが沖縄ルーツです。子供の時に沖縄に行くと親戚が語るのは沖縄戦のこと、戦後のアメリカ統治のこと。沖縄には子供向けのそんなテーマの書籍も結構あって与えられて読みました。
 壮絶な地上戦となった沖縄では、沖縄のほぼすべての中等学校の学生たち(14歳から19歳)が学徒動員され、女子は野戦病院で看護の任務に、男子は前線で少年兵として軍務に就きました。本作の修仁(しゅうじ)もその一人です。修仁の友人たちの多くが命を落としました。かろうじて生き残った修仁は、戦後「赤インコ」という飲食店を経営するようになりました。そんな修仁を「お前」と呼ぶ「ぼくら」が語り部としてこの物語を紡いでいます。
 本作は、沖縄の戦中戦後から現在に至る歴史を、沖縄語(うちなーぐち)を交えながら描いた暴力の物語です。現在の少年少女が受けている暴力は、修仁の妹の孫行生(ゆきお)ことユッキーとその同級生が受けた暴力。ユッキーはいじめられっ子、女の子たちは、同世代の男の子を含む男たちの性的暴力にさらされています。ユッキーをいじめからかばってくれた瑞人(みずと)はチンピラに取り込まれて暴力を振るう側にまわり、終には人を殺してしまう。ユッキーは、収監された瑞人に面会に行きます。
「なあ瑞人、きみはこんなとこに合ってないよ、ぼくらって、まだガキじゃんか、なのになんできみはこんなとこにいるんだろう?まだ、なんにもしてないし、ぼくらは、まだぜんぜん大人にさえなっていないじゃないか」
そう、語り部の「ぼくら」は大人になれなかった死霊たち。
 沖縄戦では、県民の四人に一人が亡くなったと言われています。米軍の攻撃によって亡くなった人々も数多くいますが、日本軍によって防空壕代わりの洞穴(ガマ)から追い出されて、あるいは集団自決を迫られて亡くなった人も決して少なくはない。修仁もそういう死者たちの一人になりかけましたが、彼は懐かしい友、赤インコという仇名の中村孜(つとむ)の投降を呼びかける声に救われました。
「出(ん)じてぃちーねーアメリカ―や殺(くる)さびらん」
 私の親戚が沖縄戦でいかに日本軍が非道だったかという話を語るとき、彼らは日本軍を「友軍」と呼びます。自分たちも日本人として全島をあげて協力したのに、捨て石にされた無念さがにじむ言葉のように感じました。
 

この作者はとても力がある作家だと思います。過剰であることは、村上龍や大江健三郎の初期作品にも感じられたことだと思います。よかったら読んでください。沖縄を描いてはいますが、暴力とは何かを問う強さを読んで欲しいと思います。
2026/6/28

「ファイナル・スコア」その2でおしまい

こんばんは!
ドン・ウィンズロウの「ファイナル・スコア」(田口俊樹訳、2026/5、ハーパーBooks)その2でおしまい。:全6作収録の中短編集。あと2作紹介したいと思います。
「ほんとの話」:二人の男の会話のみで構成されたお話。
ーほんとの話、レニーって知ってるか?
ー床屋のレニーか、それとも素足(ノーソックス)のレニーか?
ーノーソックスのレニーのほうだ。
レニーが220万ドルで家を建てる仕事を請け負ったという話をするつもりなのに、なぜレニーがノーソックスという渾名になったのか、という話になり、そのエピソードに出てくるボビーの話になり、二人の会話はどんどん脱線していく。さらにはレニーが浮気して妻に懲らしめられた話になったりします。このずれ方が本当に軽妙で、ものすごく楽しい。このままずれっぱなしでもいいかも、と思っていると本第に戻りますが、予想外のブラックな結末が待っていてびっくり。落差、激し過ぎるだろ。私はこの作品にはまりました。ほんと、面白かった。
「衝突」:これは、出世街道を駆け上がっていた男が、激高に駆られて人を殺してしまい、全てを失って服役する話です。
「人生は衝突の連続だと言える」という書き出しが印象的な本作、「なりたい自分と実際の自分との衝突、望んでいることと望んでいないこととの衝突。夢と現実。欠乏と必要、善と悪、是と非の衝突」、まさにそういうお話です。
ブラッド・マカリスターは美しい妻と可愛い息子との私生活も、仕事も順調で、幸せの絶頂にいます。でも彼は、妻と息子をひき殺しそうになった男を許せず殴ってしまいます。その男は縁石に頭を強打して死んでしまう。そこから彼の人生は転落の一途を辿る。故殺で有罪判決11年の量刑。刑務所での生活は大変苛烈なものでした。暴力にあふれた世界、対処を間違えれば命を落とす危険もある。ブラッドはこの状況に対応して生き延びましたが、獄中のブラッドは、服役前とは違う人間になっていました。妻レイチェルはそうは感じますが、刑務所で生き残るには必要な変化だったのだと思い直します。いい奥さんですね。
やっと仮釈放を得たブラッドは家族の下に戻り、元の仕事に復職することもできました。やっと帰ってくることができた。でも半年後、受刑者仲間だったブラントンがやってきて、殺人を依頼する。やらなければ妻子を殺す。
「マカリスターには家族の世界と仕事の世界がある。が、実際にはもうひとつあるー刑務所の世界、殺し屋としての世界だ」
彼がこの困難な状況をどう乗り越え、作者がどのようにこの物語を閉じたのか、ぜひお読みいただけたらと思います。

2026/6/26

「ファイナル・スコア」

こんばんは!
ドン・ウィンズロウの「ファイナル・スコア」(田口俊樹訳、2026/5、ハーパーBooks):ウィンズロウは「終の市(まち)」を上梓した後断筆宣言をしてファンを嘆かせましたが、その舌の根も乾かぬうちに本作を執筆しました。ウィンズロウの新作が出た?えっ、マジ?というのが私の感想です。ウィンズロウは「ボビーZの気怠く優雅な人生」しか読んでいませんが、これ、本当に面白い。よかったら読んでください。すっかり気に入った私は、ウィンズロウ作品を何冊も買い込んで積んでいます、押入れに。
本作は中短編集で、6作が収録されています。これがそれぞれ趣が違い、今度は一体どんなお話?とワクワクしながら読める。しかも最初の一文から引き込まれる話ばかり。読後感もいい。読んでよかった、楽しかったと心から思える作品集です。
「ファイナル・スコア」:「ジョン・ハイランドはたぶん獄中で死ぬことになる」という一文から始まる、現金強奪のお話。ジョンは武装強盗で有罪判決を受けていて、現在は保釈中ですが1ヵ月後には収監され20年は出所できない。もうすぐ60歳になるジョンは、獄中で人生を終えることは覚悟していますが、愛妻ジュエルが楽に暮らせるように充分なお金を手に入れたい。そこで難攻不落と思われるカジノから現金を奪う計画を立てます。その準備の様子から実際の犯行の様子まで綿密かつ鮮やかに描かれていて、スリリングな作品です。
「サンデー・リスト」:「ロードアイランド州では日曜日に酒類を販売することが禁止されている」けれども、ティルマン酒店では、常連客に限って日曜日に酒を配達しています。その選ばれた顧客のリストが「サンデー・リスト」。アルバイトの高校生ニックが配達しています。彼は大学進学を志していますが、芸術家くずれの両親はあてにできない。こつこつバイトして学費を貯めています。この両親のとんでもない生活ぶり、配達先の客の生態がニックの視点で描かれています。大きな事件が起きるわけではありませんが、とても味わい深いお話です。ラストの一文には唸らされます。本作は先日行われた西東京読書会の課題書で、どの話が好きか、という話題になったときに、この「サンデー・リスト」が一番人気でした。
「北棟」:警官ダグは、酔っ払い運転で死亡事故を起こした従弟のクリッシーを守るために悪徳警官になる道を選びます。ダグは、州刑務所が「本物の悪党がいる大舞台、メジャーリーグ」であることを知っていて、ひよわなクリッシーがその状況に耐えられないと思っています。なんとかクリッシーを守る道はないか、ダグの結論は刑務所の「北棟(ノース・ウィング)」にクリッシーを収監させること。「北棟」は、マフィア関係者が収監される房で、囚人は特別扱いされている。少なくともクリッシーの身の安全は確保できる。ダグはこうしてマフィアの息のかかった警官として生きるしかなくなります。せっかく今まで誠実に働いてきたのに。本当に胸が痛くなるお話。でも、この作品もラストの一文が凄い。
2026/6/25

「宝島」

真藤順丈の「宝島」(2019/6、講談社)その2でおしまい:沖縄の戦後史です。
米軍統治下の沖縄、本作は三部構成です。
第一部:リュウキュウの青 1952-1954
第二部:悪霊の踊るシマ 1958-1963
第三部:センカアギヤーの帰還 1965-1972
敗戦から7年経っても復興には程遠いコザの街には浮浪児たちがいて、住民たちも困窮しています。生活物資が手に入らない。そんなときに若者たちの中には、米軍の倉庫から物資を盗み出し住民たちに配る「戦果アギヤー」と呼ばれる若者の集団がいました。そのリーダーは「オンちゃん」、伝説の男です。彼らはアジア最大の米軍基地嘉手納基地に押し入りますが、米兵の猛攻に遭いちりじりに逃げ惑うことに。オンちゃんはその後行方不明になり、彼の弟レイ、親友グスク、恋人ヤマコの三人は、オンちゃん不在の20年をオンちゃんの消息を求めてそれぞれの道を歩みます。レイはアンダーグラウンドの世界に、グスクは警官に、ヤマコは教師になってそれぞれのやり方でオンちゃんの行方を追う。
でも三人を襲うのは理不尽な米軍の暴力。酒と麻薬に溺れた米兵の車にひき殺されても犯人は基地に帰っていく。米軍機の墜落事故に巻き込まれて悲惨な死を遂げる生徒たち。レイプの果てに無残に殺される女性たち、米兵相手に春をひさぐしか生きる術がない女性たち。米兵に結婚を餌に欺されて心中した親子。
ヤマコは教員として復帰運動に取り組みます。米軍基地がない沖縄を取り戻す!一番大切なことは基地のない沖縄。でもヤマトンチュウはわからないのね。私たちは基地がイヤなのよ!無念なことに沖縄は基地存続のまま日本に復帰することになりました。
この作品は、そういう沖縄の人の叶えられなかった悲願を惜しみなく描くとともに、沖縄の土着的な風俗や豊かな自然を描いています。沖縄が被害者である歴史だけではなく、長い歴史の中で培ったきた豊穣な文化を持つ島であることも作者は書いています。
英語の題は、Hero's Island

2026/6/24

「宝島」

真藤順丈の「宝島」(2019/6、講談社):第160回直木賞受賞作です。映画化されましたが映画は「国宝」に負けちゃったらしい。まあされはさておき、沖縄の戦後史です。作者は東京のご出身で沖縄とは直接的な関係はないようですが、よくぞ書いてくれた、というのが私の感想です。
沖縄には本土とは違う宗教体系があります。神道や仏教とも違う、土地への愛着があり先祖崇拝もあり霊媒師ユタもいる。霊的な存在への思いは多分大和と違う。私自身はユタとか信じないし、小学生のときに母がユタのご託宣を聞きに行ったときに同席しましたが、眉唾じゃんと思ったことは正直に告白したいと思います。でも、そういう沖縄の土着的な宗教体系がこのお話の芯となっていること、そのうえで戦後の沖縄の悲惨な歴史が語られていること、沖縄の言葉がふんだんに使われていること、沖縄の人が「なんくるないさー」という言葉をどういう気持でつぶやくのか、そんあことまで目配せされている。そのうえで語られる3人の人物の群像劇は、抒情的でありながらもスリリング。
このお話は三部構成です。
第一部:琉球の青 1952-1954
第二部:悪霊の踊るシマ 1958-1963
第三部:センカアギヤーの帰還 1965-1972
「戦果アギヤー」って何?戦後7年経ってもコザの町には孤児があふれ人々は衣食住に不自由している。でも米軍基地には豊富な物資がある。沖縄の若者は基地から物資を盗み出し住民たちに配る。この活動でリーダー格として名を馳せたのは「オンちゃん」、オンちゃんの恋人「ヤマコ」、オンちゃんの弟の「レイ」、この3人の幼馴染の「グスク(方言で「城」という意味)」はキャンプ・カデナ(嘉手納基地)」の襲撃を試みる。ヤマコは基地の外でオンちゃんの帰還を待ちますが、オンちゃんは帰ってきませんでした。
沖縄本島中央部に位置する最大の基地嘉手納基地を襲撃するのは大変無謀な計画で、「生還こそがいちばんの戦果」と言っていたオンちゃんらしくない、とグスクは思います。この嘉手納襲撃計画には裏がある。
グスクは警官になり、本来の仕事の傍ら、この謎とオンちゃんの行方を追いますが、真相にたどりつくには20年の歳月を要しました、基地撤廃がならないまま迎えた本土復帰。基地があることで苦しめられた沖縄の歴史は今もなお継続中。
作者は、沖縄の人々が受けた受難の歴史を、それでも「なんくるないさー」の語り口で綴ります。沖縄の優しい霊たちに語らせながら。「打ちたい奴には打たせておくさぁ」、まあ、そういう言葉も沖縄にはありますね。

お休みなさい。2026/6/19

「ビリー・サマーズ」その3でおしまい

スティーヴン・キングの「ビリー・サマーズ」(白石朗訳、2024/4、文藝春秋)その3でおしまい:私がこのお話を好きだなあ、と思ったのは物語を書くことの魅力をキングが登場人物を通じて語っていることも理由の一つかな。何十年も小説を書いてきた稀にみるストーリーテラーのキングが、小説を初めて書いた登場人物に初々しく小説執筆の喜びを語らせる。痺れました。お話自体の面白さ緻密さも、上手いなあ、さすがだなあ、と思うけれども、キングが今なお小説を書くことにみずみずしい喜びを感じていることが感じられてたまらない。「ビリー・サマーズ」、定価で買うと6000円を越えますが、中古で買っても3000円を越えます(高いぞ!「ビリー・サマーズ」)が、読めてよかったです。
小説家に扮したビリーが書き始めたのは、彼にとっては痛恨のつらい思い出でした。妹が無残に殺された現場に彼は居合わせた。まだ子供あったビリーは何も出来なかったけれども自責の念は消えることはありませんでした、たぶん一番語りたくなかったこのエピソーどからビリーは語り始めます。その一番辛い記憶がビリーの原点だったから、非情な殺し屋稼業を生きた原動力になった経験だったから。悪人が、平気で弱者を踏みにじり傷つける、その怒りと妹を守れなかった自分への怒り。
ビリーの小説は日の目をみることがない、出版されることもない、それでも書いたビリーの作品。読んで欲しいと思う気持ちもあったけれども読んでもらうことはかなわない。秘しておかなければいけない秘密も書いている。それでも数少ない読み手のアリスの心を動かす。
アリスは激しい暴力の果てに死にかけていたところをビリーに救われます。ビリーは彼女の心の傷の深さを理解しています。彼女の心の回復を願うけれども、ビリー自身が陰謀に巻き込まれて一緒に逃避行するはめに。でもその過程で二人に芽生えた信頼感は美しい。
アリスも小説を書き始めます。
「あれを・・・・書いているあいだ、わたしは寂しさを忘れてた、未来への不安を忘れてた。自分がどこにいるかを忘れてた。そんなことがこの身に起こるなんて、それまで知らなかった」
「自分の小説を書いてみたいって思ってる」
ずっと「馬鹿のおいら」の仮面をかぶって生きてきたビリーが、執筆を通して自分を生き直す。自分の原点を振り返る。一番つらかった思い出を掘り返すことにもなる。ビリーはそれでも書きました。そしてその物語が、一度は絶望の淵に沈んだアリスを鼓舞しました。
ミステリーとしての面白さをしっかり担保しつつ、書くって何?なんて話が来るとは思わなかったなあ。



お休みなさい。2026/6/17