「短編ミステリの二百年1」

こんばんは!
小森収編集の「短編ミステリの二百年1」:この本は6作完結ですでに6作刊行済みで私は3作目まで読んでいます。基本的な構成は最初に実際に書かれた短編が紹介され、残り3~4割ぐらいが小森先生の評論です。たぶん19世紀から20世紀初頭の作品が収録されています。その中で面白かった作品を紹介したいと思います。
一作目はアンブローズ・ビアスの「スウィドラー氏のとんぼ返り」、とても短いお話ですが、ちょっと「走れメロス」を思い出させる趣もあります。スウィドラー氏は、友人が絞首刑に処せられそうなので必死に恩赦を求めて州知事にしつこく交渉を続けた結果、処刑当日の朝、やっと恩赦をつかみ取ります。急いで友人が収監されている土地に向かおうとしますが、汽車も馬車も出払っていてもう歩いていくしかない。でも徒歩で行けないわけではないので、スウィドラー氏は先を急ぎます。メロスと違って脚力に余裕があったスウィドラー氏は、余裕でゴールに行き着いたはずでしたが・・・いやあ、うまい作品だと思いました。小品ですが、切れがいいし、ラストの描写も哀愁がありました。ほろ苦い読後感でした。
二作目はデイモン・ラニアンの「ブッチの子守歌」、ブッチはもう一回捕まったら二度と娑婆に出て来れない元金庫破り。今ではすっかり堅気になって我が子に夢中のパパさんです。奥さんに自分の留守中子供の世話をしっかり見るように厳命されていてしっかり言いつけを守っているところに金庫破りの依頼が・・・赤ん坊を連れて世話しながらなら、と渋々承諾して仕事に臨みますが、赤ちゃんは泣くし、ブッチは仕事の感がすっかり鈍っているし、ブッチ大丈夫?というお話です。これは素直に楽しく読んでください。
三作目はジョン・コリア作「ナツメグの味」。職場に地味な新人が来ます。人嫌いなのかな?と思われるほど人との接触を避ける様子ですが、語り手のわたしは食事に誘ったりしてそれなりに親しくなります。そして彼が人目を避けている理由がわかります。過去に冤罪で裁判にかけられ結局無罪になったものの、正体がわかるとそこにはいられないので安心して暮らすことができなかったんですね。彼のつらい境遇を語り手のわたしは理解し、友人として付き合いますが・・・最後に真実がわかります。そのわからせ方が上手いんですよ。思わず唸りました。お勧めです。
四作目はサマセット・モームの「創作衝動」。私は、ミステリーというよりもある夫婦のお話として興味深く読みました。主人公は文壇の花形、ミセス・アルバートフォレスター。評価が高い作家ですが、一部のファンを除いては彼女の本は売れない。大衆受けしないんですね。でもこの物語の冒頭で、語り手は、彼女がベストセラー作家になるきっかけを作った作品「アキレスの像」がいかにして書かれたか、その顛末を明かすと宣言します。
ミセス・アルバートフォレスターの家では彼女の取り巻き達が集まって彼女の巧みな話術を楽しんでいます。彼女の夫はしがない実業家で文学とは縁がない。毎週開かれるサロンの片隅に存在していますが、影が薄い。女王様のような妻には不釣り合いな男。まあそういう立ち位置です、ああ気の毒に。その彼がなんと料理人の女性と駆け落ちをします。驚愕のミセス・アルバートフォレスターとその取り巻き立ちたち。彼らの助言もあってミセス・アルバートフォレスターは夫が現在料理人の女性と住んでいる家に乗り込みます。そして今まで知らなかった夫の真実を知るのです。そしてこの一件が「アキレスの像」執筆につながりました。自宅に帰り待っていた取り巻き達にミセス・アルバートフォレスターは言い放ちます。「アルバートには料理人をあてがっておきましょう」。かっこいいわあ。名士であるミセス・アルバートフォレスターにとっては使用人と夫が駆け落ちしたというのは耐え難い醜聞だと思いますが、神対応です。
この話の読みどころは、駆け落ち後のアルバートが初めて自分の本音を雄弁に語るところだと思います。この人、こんな人だったんだ。ミセス・アルバートフォレスターももちろん驚いたはずですが、読者も驚嘆させられます。そして、彼がやっと自分らしい人生を手に入れたことを知るのです。自分の配偶者の本音を知らない人はある程度いるかと思います。多くは夫婦の関係で優位に立っている方が陥りやすいのでは、と思われるのですが、どうでしょうか?
お休みなさい。2024/3/24