寡黙な語り手といえば、ドイツ人の作家フェルディナント・フォン、シーラッハ著「犯罪」の私でしょうか。弁護士でとして関わった事件を淡々と語る。こんなに静謐な語り口なのに悲しい事件が鮮やかに浮かび上がる、圧倒されました。本作は短編集で作者のデビュー作です。ほんとにデビュー作ですか?作者自身の前書きも素晴らしいので引用します。
「私たちは生涯、薄氷の上で踊っているのです。氷の下は冷たく、ひとたび落ちれば、すぐに死んでしまいます。氷は多くの人々を持ちこたえられず、割れてしまいます。私が関心を持っているのはその瞬間です。幸運に恵まれれば、なにも起こらないでしょう。幸運に恵まれさえすれば」。幸運に恵まれさえすれば。
帯によると「全世界80万部突破、33か国で翻訳、このミスの2012年版2位」大絶賛ですが、本当に称賛に値する素晴らしい作品です。私ごときが何を語れるのか不安ですが、好きな作品です。頑張って紹介したいと思います。
心から震撼したのは「タナタ氏の茶碗」。一節を引用します。「ガロテというのは細い針金で、両端に小さな木製の握りが付いている。中世の拷問・処刑具を改良したもので、スペインでは1973年まで絞首刑用具として使用されていた。そして今でも殺人の道具として愛用されている。部品はどこのホームセンターでも入手できる。安価で、持ち運びが楽で、効果的だ。背後からこの針金を首にまわし、力いっぱい引き締めれば、声はだせないし、すぐに絶命する」。どれだけ怖い話かはぜひ読んで背中にゾクッと走る戦慄を感じてください。
法廷物として面白い作品は、「ハリネズミ」です。末弟カリムが兄ワリドを救うお話ですが、この一家は犯罪者一家です。兄達全員前科者、でもカリムは頭がいい。こっそり財テクしています。法廷で証言することになったカリムは裁判所を煙に巻くことに成功します。でも兄達はカリムがワリドの窮地を救ってくれたことはわかるのですが、カリムがどんな手管で救ってくれたかは理解できない。このギャップが面白い。ちょっとつらい話が多い本作では楽しく読める一作です。
私の一押しは「エチオピアの男」です。この作品が末尾を飾ってくれたことに感謝します。「男の人生は残酷なメルヘンそのものだった」。つらい生い立ちです。それでも職を得て順調に生活できそうだったのに、職場で盗難事件が起き、新米だった彼が疑われます。濡れ衣でしたが・・・なかなかまともな生活が送れない。「この世はゴミの山だ」。死に場所を求めてさまよう彼はマラリアにかかり終に行き倒れますが、助けてくれる人々に出会います。やっと安住の地を得た彼は、人々の生活を豊かにするために尽力し、生き直す機会を得ます。生きがいと家族。でもまたそれを奪われてしまう。もう万事休すかと思われた彼にやっと救いの手が・・・もう涙腺故障します。感動が津波のように押し寄せます。ぜひ読んでください。そして心の底からノックアウトされましょう。
この静謐で簡潔な味わいをぜひ、あなたの今日の人生へのプレゼントとして。そう言い切れる作品です。
お休みなさい。2023/11/3