こんばんは!
エラリー・クイーンの「九尾の猫」:解説(早川書房新訳版、飯城勇三さん執筆)によるとトマス・ハリスの「羊たちの沈黙」(1988年)が火付け役となってブームを巻き起こしたサイコキラー物の先駆として評価されているそうです。「羊たちの沈黙」は私の原点ですので、いつか語れる日が来ればぜひ触れたいと思います。
本作の初訳は1954年です。さすがにまだ私生まれていませんが、古さを感じさせない緊迫感に溢れた作品だったと思います。原題は、CAT OF MANY TAILS です。
舞台はニューヨーク。主にマンハッタンです。マスコミが「猫」と名付けたシリアルキラー、どう見ても被害者は無作為に選ばれていて、明日は我が身かも。マンハッタンの住民を震撼とさせていますが、新聞がさらに煽ります。手口は同じで被害者の首にはタッサーシルクの紐が巻き付いているけれど、他の手掛かりはない。目撃者もいない。動機も分からない。被害者同士には接点がない。わかっていることは、被害者の年齢がだんだん若くなっていること、男性の被害者には既婚者もいるけれど、被害者の女性はすべて未婚、被害者すべての家に電話があり、電話帳に掲載されていること、事件がすべてマンハッタンで起きていること。これには何か理由があるはず。
被害者が増え続けているのに、なかなか捜査は進展していない。エラリー・クイーンが捜査に参加しますが、彼も以前に手掛けた事件(「十日間の不思議」すみません、私未読です)で手痛い失敗をして、まだそのトラウマから立ち直れていない。
この作品の読みどころは、謎のシリアルキラーがニューヨーク市民をいかに恐慌に陥れたかにあると思いました。自発的な自警団が組織され集会が催されます。最初は粛々と秩序正しく始まった集会ですが、パニックに陥った女性がここに猫がいる、と叫びます。
「人々が耳を傾けていたのは、内なる恐怖の声だ」
群衆は出口に殺到します。その被害については、報道陣に配布された統計資料で示されます。
死者:女19名、男14名、子供6名、合計39名。
猫の被害者をはるかに上回る人命が奪われました。集団パニックの恐ろしさを語るクイーンの筆力を堪能してください。
私たちは近年コロナ禍を経験し、社会全体が見えないウィルスに怯えました。私も罹患してつらかったですが、まあそれはさておき、その集会のパニックが起こる前の本文を引用して終わりたいと思います。
「そのとき、毒の正体がわかった。
恐怖だ。
群衆が自分の出した恐怖を吸っている。恐怖は見えないしぶきとなって人々から発せられ、空中に充満していた」
お休みなさい。2024/8/12