「二流小説家」

デイヴィッド・ゴードンの「二流小説家」:私はこの小説を愛しています。最初に堂々と告っておきたいと思います。
日本のミステリー3大ベスト10で第1位を獲得、上川隆也主演で映画化された話題作です。主人公はしがない小説家ハリー、彼は様々なジャンル小説を書いて生計を立てています。彼は今まで自分が手掛けた仕事について語ります。ポルノ雑誌「ラウンチー」で、アバズレ調教師というペンネーム(原文になんて書いてあったか知りたくありませんか?)で執筆していた話から始まり、SF物のゾーグ・シリーズ、スラム街に生きるユダヤ系黒人の私立探偵物、ヴァンパイア小説に至るまで書き続けてきたそうです。彼はジャンル毎に違うペンネームで執筆していたわけですが、著者近影写真をどうするかという問題を、読者の好みに応じて用意して解決してゆきます。ゾーグ・シリーズでは、付け髭と分厚い黒縁眼鏡で変装し、冷静沈着な作者に見えるように工夫しました。ユダヤ系黒人探偵物では、白人のハリー本人ではふさわしくないので、友人のモーリスを代役にたて、精悍な黒人作家を演出しました。しかし、ヴァンパイア小説の作者は女性でなければならない。ハリーは母に協力してもらってこの難局を乗り越えます。こういう話が細かく書かれていて、それが結構面白い。
さて、ヴァンパイア小説がそこそこ売れて、ハリー史上最高の出世作となった頃、刑務所から一通の手紙が届きます。差出人はダリアン・クレイ、四人の女性を殺した連続猟奇殺人犯で、自分の本を出さないか、という依頼です。これはベストセラー間違いなし!ビジネスパートナーの女子高校生クレアも乗り気です(なぜ女子高校生がビジネスパートナーなのか知りたい方は本作をお読みください)。早速ダリアンの弁護士と連絡を取り、弁護士助手のテレサとともに刑務所に向かいます。するとテレサが本を取り出して読み始めます。シビリン・ロリンド・ゴールド作「真紅の闇が迫る」。ハリーが書いたヴァンパイア小説です。そして作中作として一部が紹介されます。
ダリアンは、ハリーの著作の何を読んでいたかというとポルノ雑誌「ラウンチー」の記事でした。彼の真の依頼は、自分のファンの女性達に会って、その女性と自分が登場するポルノ小説を書いてくれ、というものでした。マスターベーションの材料だそうです。驚愕の依頼です。戸惑うハリー。その報酬は、ハリーがダリアンの犯罪実録を執筆できるようなネタだそうです。
私がこの作品に惹かれたのは、ハリーが饒舌に語る文学への思いに共感したからです。自分が書きたいものを書く、というよりは、生活の必要に駆られて、その都度求められるものを書いてきた彼ですが、決して卑屈ではないんですよ。冒頭でハリーは抱負を語ります。このダリアンを巡る物語を書くにあたって、「これがぼくの実名で、ぼく自身の声で世に出す初めての作品」であること、「読者を虜にして離さないようななにかをそこ(冒頭の一文)に添えたい」ということ、そして、本来はノンフィクションとして書かれるはずだったが、「実話にもとづいた小説」として書くのだということを。
ジャンル小説の作家として歩んできた自分についてもハリーは語ります。ポルノ小説について語ったところが好きなのでちょっと長いけれど、引用します。
「(ポルノ小説ファンは)数々の制約のもとにある肉体と、思いどおりにならない世界とに捕らわれた囚人である。その世界において、かぎりない性欲が満たされることはけっしてない。そこで彼らは、エクスタシーを追求せんがための逃げ道を文学に見いだす。その道を進んでいけば、どこへでも行き、誰にでも触れることができる。そして、その道が尽きることはけっしてない。最も低俗にして最も愚劣なエロ小説が、深夜の孤独な魂にどれほどの救いをもたらしてきたことか」
お休みなさい。2024/8/9