「ボビーZの気怠く優雅な人生」

こんばんは!
ドン・ウィンズロウの「ボビーZの気怠く優雅な人生」:原題はThe Death and Life of Bobby Z。気怠くも優雅でもないことは300%保証します。でもね、本当にいい作品です。面白くてスピーディーで楽しめる上に主人公の孤独と愛をしみじみ感じることができます。
主人公のティムはケチな犯罪者ですが、服役中に他の囚人を殺したためこのまま刑務所にいても報復される恐れがあります。しかし彼は伝説の麻薬王ボビーZにそっくりなのでそこを見込まれてボビーZの替え玉になるなら釈放すると麻薬取締局捜査官エスコバールに提案されます。メキシコの麻薬王が拘束している捜査官とボビーZとの人質交換をしたいが、ボビーZは獄中で死亡したので、その替え玉にならないかという提案です。このまま刑務所にいても殺されるし、ボビーZに成り代わっても結局殺される。どっちみち殺されるとティムは思うのですが、エスコバールの提案を受け入れます。彼はボビーZの振りをして敵のアジトに入ります。ただ、敵はすぐにティム扮するボビーZを殺そうとはしない。ティムはそこで六歳の少年キットに出会います。キットはどうやら孤児らしい。ティムはこの子のことが気になります。そしてキットの世話をしていた女性エリザベスからキットの父親はボビーZだと教えられます。マジで・・・ということはここではおれがあの子の父親ということになる。いよいよ週末に自分が殺される予定になっていることを知ったティムは逃げ出すことにします。実はティムは元海兵隊員だからそれなりにサバイバル技術があるのです。ウィンズロウはその辺の経緯をこんな風に書いています。「サダム・フセインが、ティムへのいやがらせにクウェートを侵攻したものだから、ティムは船に乗せられ、サウジアラビアへ、正真正銘の砂漠へと送り込まれてしまった」。ウィンズロウの語り口は軽妙で、全編こんな感じ。
今まさに奪ったトラックで逃亡しようとしたとき、トラックのバックミラーに映るキットの姿が目に入ります。キットは悲しそうな目で走り去るトラックを見つめています。「ちくしょう」ティムは自分をののしりますが、トラックをバックさせてキットを乗せます。子連れの逃亡劇が始まりました。絶望的な状況の中、ティムは敵を振り払うべく持てる知恵を振り絞りますが、キットへの配慮も忘れない。ティムはキットに今は海兵隊ごっこ、次はXメンごっこと遊びを提案しながら逃げる。キットも必死でティムの指示に従う。もう感涙物の健気さです。次々に二人に襲い掛かる危機にもティムは勇敢に戦い続けます。キットを守るために。
ウィンズロウは近年「犬の力」等の重厚な作品で評価がうなぎ上りですが、この作品は軽妙な語り口の裏に流れるティムの切ない願い、エリザベスとキットと平和に暮らしていきたいという気持ちが胸に迫る作品です。ティムは最後にこう思います。「船の上には、人生の落ちこぼれ三人と、子どもひとり。願ってもない終身刑だ。(中略)おれは一生、この刑に服そう」あれ?全部で4人だけど、のこりの一人は?あはは、4人目はなかなかご機嫌な人物です。ぜひ本書で味わってください。
お休みなさい。2024.1.27