「黒き荒野の果て」

こんにちは!
S・A・コスビーの「黒き荒野の果て」:「頬に哀しみを刻め」(邦訳二作目)でこのミス一位に輝いたコスビーの邦訳一作目です。本国アメリカでも権威ある賞をいくつも受賞したそうで、話題の作家です。邦訳は三作あり、三作目の「すべての罪は血を流す」が来週行われる西東京読書会の課題本で、ゲストに翻訳者の先生がいらっしゃるので楽しみにしています。質問を考えなくちゃ。読書会は課題本だけ読めばいいのですが、私は同じ作者の他の本もできるだけ読むようにしています。というわけで、邦訳が三作しかないなら、全部読もうと思って読みました。
主人公はボーレガード、自動車修理工場を経営しています。妻と息子二人、前妻との間に娘が一人います。彼は、かつて強盗の逃亡に協力する運転手をしていました。もうそんな裏稼業には戻る気はなかったのですが、工場の経営が傾いてどうしてもお金が要る。もう首が回らない。そんな時に昔の仲間から儲け話が持ち掛けられ、一回だけ、宝石店の強盗に協力することにします。でも、それで終わりとはならなかった・・・
「バンを105キロまで加速してスロープを狙ったそのとき、それを感じた。この夜初めてだった。ハイな感覚、活力、人と機械の象徴的な結びつき。血管を流れて手の先まで届く血のように、アスファルトからハンドルとサスペンションを経由してのぼってくる律動を感じた。馬力と時速という言語でエンジンが語りかけてきた。走りたくてたまらないと語っていた。
とうとうスリルがやってきた。
『飛ぶぞ』ボーレガードはささやいた」
逃亡中のボーレガード、運転技術の粋を極めるその瞬間の描写です。ぞくっとしました。私はもちろん普通の車の運転しかしませんが、車と自分が一体化しているような瞬間は感じたことがあります。首都高速のカーブを攻めてるときとかね。
ボーレガードの父は犯罪者、彼の愛車ダスターは父から譲り受けたもの。戻ってこなかった父親のことをボーレガードはいつも思い出しています。父とは違い、家族を一番に考える生き方を選んではいますが、父から受け継いだ抗えないもの、犯罪者の血、彼はその片鱗を息子ジャヴォンにも見出します。でも、ボーレガードはジャヴォンに約束させます。二度とこんなことはするな。
ボーレガードは冷静な犯罪者です。宝石店強盗の時も計画をしっかり練り上げます。仲間たちにも細心の注意を払うように言いましたが、彼らはボーレガードほど利口ではない。彼の指示に背いて宝石店にいた客を撃ち殺してしまいます。ボーレガードは激怒します。「どんなちがいがあるか説明してやろう。数カ月逃げればすむ武装強盗と、一生逃げなきゃならない第一級殺人のちがいだ」
カーアクションの描写が素晴らしく、引き込まれるように読みました。それと同時にボーレガードがこの難局をどう乗り越えていくのか、その手段にも心を引かれました。コスビーは3作全部読みましたが、私はこの作品が一番好きかもしれません。
2024/7/24