「罪の段階」

リチャード・ノース・パタースンの「罪の段階」:リーガルスリラーの傑作です。弁護士のクリスは元恋人のメアリから殺人罪で告訴されたので弁護をして欲しいと依頼されます。殺人事件は彼の専門ではないので、他の適切な弁護士を紹介するとクリスは答えますが、メアリは「でもあなたは引き受けざるをえないのよ」と言い張ります。クリスは納得いかないものの、メアリの弁護を引き受けます。
被害者は有名な作家マーク・ランサム、メアリはテレビのインタビュアーをしていて、取材でランサムとホテルの一室で会ったと供述しています。ランサムが20年前に自殺した大女優ローラ・チェイスの死の真相につながるテープを持っていて、そのテープを聞かせてやる、と言ったので会うことにした。テープはローラが臨床心理士のスタインハート博士に語ったもので、ランサムは博士の遺族からそのテープを購入しました。テープの内容は、愛人のジェームズ・コルト上院議員が、ローズを友人二人にレイプさせ、見物していたというもの。コルト議員はもう亡くなっていますが、彼は未来の大統領候補として当時絶大な支持を集めていました。そしてその息子は今まさに州知事選に出馬しようとしているところです。このテープが公開されたら大打撃を被るでしょう。ランサムはローズのテープを聞かせながらメアリをレイプしようとし、暴力をふるいました。メアリはハンドバッグの中にあった銃を取り出そうとし、ランサムがそれを取り上げようと揉み合っているときに銃が暴発した。うーん、嘘くさい供述ですね。作家とのインタビューに銃を持っていくでしょうか?メアリは正当防衛を主張しますが、印象は灰色ですね。
クリスはメアリとの間に生まれた15歳の息子カーロと二人で暮らしています。有名な作家とテレビインタビュアーの事件となれば注目を集めますし、メアリもクリスもメディアにさらされることになります。カーロはどう思うだろう。カーロがメアリの息子であることは世間にはまだ知られていないけれど。
メアリの供述と合わない証拠も出て来ます。男性が勃起すると射精しなくても少量の精液が出るそうですが、ランサムからは検出されなかった。ランサムの手には硝煙反応がない。レイプされそうになって揉み合いになり銃が暴発したというメアリの主張と矛盾します。
クリスは自分の事務所の女性弁護士テリを助手に選びます。クリスとテリは正当防衛の線で戦いますが、メアリは何かまだ隠していることがありそうで、信用ならない依頼人です。それでも二人はメアリのために奔走します。スタインハート博士の遺族のもとを訪れたテリは、ローズ・チェイスのテープ以外にもランサムが持ち出したと思われるテープがあることに気が付きます。テープの目録はすでに処分されていて、このときは誰のテープかはわかりませんでしたが。
この裁判では、検察側はローズのテープのことを隠したい、弁護側はランサムにレイプの意図があったか明確に証明できない、それなのに裁判の模様は逐一報道される。どちらも困難な戦いを強いられます。そこで繰り広げられる法廷闘争の迫力は鬼気迫るものがあります。裁判物が大好物の方には特にお勧めです。面白さは保証します。しかも本作の魅力は1級品の法廷ドラマというだけではありません。クリスとカーロの父子の物語としても読み応えがあるんです。クリスがカーロを引き取って育てることにした経緯、そこから現在に至るまでの二人の歴史、クリスのカーロへの思い、こちらもじっくり味わってください。いいお話ですよ。おすすめポイントはこの一冊で法廷ドラマとしての読み応えと人間ドラマとしての読み応えの両方を堪能できるところにあります。
そして最後に明らかになる真実、メアリが絶対に隠しておきたかった秘密が明らかになったとき、読者は茫然とするしかありません。メアリ、灰色なんて言ってゴメン!もうすごいもの読まされてしまいました。
お休みなさい。2024/7/8