「シャドー81」

ルシアン・ネイハムの「シャドー81」:1975年の作品です。古い作品だからと侮ることなかれ。内容は前代未聞のハイジャック。犯人は機内にいません。犯人の一人パイロットのグラントは最新鋭のアメリカの戦闘機を盗んで民間の航空機を追尾し、要求に応じなければ撃ち落とすぞと脅します。民間機からは見えないようにピタッと真後ろにつけたまま、彼は管制官と民間機のパイロットと無線で交信しながら要求を突きつけます。民間機には200人余りの人間が搭乗しています。民間機の機長ハドレーは犯人の言うとおりに操縦しています。この犯人が優秀なパイロットであることを理解したから。そしてそうすることが乗客乗員すべての生還につながるから。そして管制官のブレイガンもそうするしかないと思っています。空の男たちのプロフェッショナルに痺れます。相手は敵で卑劣な犯人ですが、決して侮れない。要求を呑むしかない。でもね、外野がいろいろ言うんです。政治家とかね。
物語の前半は準備編、犯人グループがいかにしてこのハイジャックを成功に導くために準備したか、周到な準備にかなりのページ数が割かれていますが、全然退屈じゃないんです。犯人たちが主に用意したのは最新鋭の戦闘機と、戦闘機を隠して運ぶことができる船。戦闘機は当時ベトナム戦争中だったので、その戦闘中に砲撃を受けて爆発したように見せかけて奪いました。こんなハイジャック、現実に成し遂げられる人はたぶんいないでしょう。でも噓っぽくはありません。迫力満点ですし、もう一人の犯人が加わったところからは、予想外の展開があなたを待っています。びっくりですよ。まさか、こんなことが起きるとは。そして結構楽しいかも。
この物語の冒頭で語られるのは、ベトナム戦争空爆の様子です。のちのハイジャック犯グラントがいかに地上の阿鼻叫喚に無神経だったことが冒頭に書かれています。著者がジャーナリストであったことも考えれば、空爆に携わるパイロットの無神経ぶりをあえて書いたのでは?と考えたりしました。この冒頭の描写も心に留めたいと思います。
「地上の犠牲者はグラントにとって何の意味も持たない。手術の結果死んだ者と同じで、誰かれの区別のない無名の肉体があるのみだ。罪悪感などさらさら感じなかった。自分がやったことの結果を間近に見たことはまったくない。ナパーム弾に焼かれた子供たちや、ばらばらの死体がまだ火のくすぶっている部落に積み上げられている光景や、恐怖におびえて逃げる避難民の群れを新聞の写真で見る程度である」
なぜか心に残りました。お休みなさい。2024/7/11